Articles コラム イベント・エンターテインメント 歴史DXの進化に求められるものとは?ーーリアルなモデリング技術とスコープ型デバイスのユーザビリティ

観光資源をデジタル化し、ARやVRなどで楽しめるようにする「観光DX」。株式会社キャドセンター(以下、キャドセンター)では、今後その分野の柱になると期待されている “歴史を体験できるコンテンツ” として、いわゆる「歴史DX」の開発に取り組んでいます。現存しない歴史風景の再現には、緻密な時代考証はもちろん、断片的な各種資料を組み合わせながら建物や船舶、街並みなどを具現化していくモデリング技術が必要となります。

今回は、ヘッドマウントディスプレイを装着するVR体験が一般化する以前から、いち早く歴史DXを手掛けてきたキャドセンターの担当者である綱木 俊博さん、宮下 真一さん、岡本 小夏さんに話を伺いました。

↑左から、綱木 俊博さん、宮下 真一さん、岡本 小夏さん

長年の蓄積が物を言う、歴史のデジタルコンテンツ化

もともとキャドセンターでは20年以上の長きにわたり、文化財のデジタルアーカイブ化に携わってきたといいます。

「キャドセンターには、20年前ほどに確立したデジタルアーカイブという技術を用いたデジタルアーカイブ事業部がかつてありました。たとえば新薬師寺の仏像をレーザー計測して点群データを取得します。その点群データから精密な立体モデルを作り、かつて極彩色だった部分を彩色し直すといった再現をしていました。

ただ、本当にミリ単位のものをそっくりそのままデジタル化するので、デジタルアーカイブのデータは非常に重いんですね。それを映像やインタラクティブなどコンテンツ化するには、細かいデータを最適化して、軽くしなければならない。表現力や再現性をなるべく落とさず軽量化するには、文化財への理解とデータを簡略化する職人芸のようなモデリング技術が欠かせません。そうして使い回しの良いデータを作成した先に、映像化やインタラクティブ性を備えたVR化があります」(綱木さん)

「歴史DX」がブーム化しても、一朝一夕で作れるものではありません。歴史文化財をデータとして保存するデジタルアーカイブの技術が土台にあり、そこから映像化やインタラクティブなVRに仕上げていく。しかも、VR化するノウハウもキャドセンターでは20年以上前から蓄積していたそうです。

「実は20年以上前から、360°の映像を見回す、今で言うVR的なものはありました。要はゲームと同じようなもので、PCでリアルタイムにレンダリングしていくインテラクティブ性のあるCGのことです。そうしたVR的なコンテンツを20年以上前から手がけていたのが大きかったですね」(綱木さん)

「学び×エンタメ」の融合へ発展する歴史DX

このように、学術的・学問的なニュアンスが強かった歴史文化財のデジタルアーカイブ化ですが、これに対してVRで楽しむエンタメ色を打ち出した歴史DXとなっていく先駆けとなったケースが、2015年に公開された佐賀県三重津海軍所跡の「三重津タイムクルーズです。

「私たちが関わった歴史系デジタルコンテンツで、非常にエポックメーキングとなったのが『三重津タイムクルーズ』という事例です。三重津海軍所は遺構が埋め戻されていて、今は何もない野原なんですね。『みえない世界遺産』という諧謔的(かいぎゃくてき)なキャッチコピーもついているほどです。三重津海軍所は世界遺産に登録される見通しが立っていたのですが、もし世界遺産になって観光に来ていただいても実際には野原だけということで、佐賀県の方が『どうしよう……』と非常に焦っていた。その時に、キャドセンターが展示会に出していたVR機器『Oculus Rift』開発版用のデモを体験してもらい、『これはすごい!』とトントン拍子に話が進みました」(綱木さん)

↑2015年から公開された産業革命遺産 佐賀県三重津海軍所跡の「三重津タイムクルーズ」。迫力満点のVR映像と、アニメーションによる躍動感を体感することができる

今は地中に埋まってしまった明治の海軍所をCGで復活させ、賑わっていた当時の様子も体感できるという仕掛けで、当時の様子をVRで360°見渡せます。この試みが評価され、文化庁のガイドブック「文化財の観光活用に向けたVR等の制作・運用ガイドライン」(2018年)にもモデルケースとして取り上げられました。

その上で、単なる歴史文化財の再現に留まらず、VRによって臨場感の高い体験を提供できるように制作過程では意識しているのだとか。

「技術の発展は人間の気持ちとは関係なしにどんどんと進んでしまい、『VRでリアルに再現したい』という思いだけが目的化してしまいます。でも、弊社はただ依頼された通りに当時を再現していくのではなく、文化財を観光資源化するときに、観光に来た方にとっても地元の方にとっても、その場所にある歴史や文化を深く理解できる状況を作るという意味を付与していきたいと思っています」(岡本さん)

↑三重津海軍所のドック内部を再現したCG

「当時の光景の再現は、建築学や民俗学の先生など、さまざまな研究者の方とデータをすり合わせながら行っていきます。例えば雅楽や踊りも、今では伝えてくれる人が少なくなってきていますから、それを後世に伝えていくアーカイブのひとつとして、観光資源をVRというものにするのは新たな手法になると思います」(宮下さん)

デバイスの使いやすさにもこわだりを。「不思議な箱」としてのアプローチ

さて、このように先進的な試みに常に取り組んできたキャドセンター。実は、技術面のみならずデバイスにもサービス提供者や利用者の使い勝手を考えた仕掛けがあるそうです。

「三重津や平泉での経験を経て、スコープ型のデバイスを開発しました。デバイスの中に入っているスマホが映像を映し出す仕組みなんですが、元々は現地でスマホを操作してスコープの中に入れて、貸し出す流れとなっていました。ところが、現地でこうした作業をするボランティアの方には、高齢の人が多い。今でこそ、高齢の方々にもスマホが普及してきましたが、2014年頃はまだいまのように普及しておらず、みなさんスマホを操作するというだけで難しいと思ってしまったんですね。ですので、最初からスマホを中にセットしてしまうことで操作を簡略化しオペレーションを分かりやすくしました。その時の先端技術であるスマホを感じさせない、覗くだけで映像が見られる「不思議な箱」にしたんです」(綱木さん)

このスコープ型デバイスが各自治体で人気を博し、三重津海軍所や平泉、仙台城でもスコープ型デバイスによるツアーが組まれるようになったといいます。充電時などにもスマホを取り出す必要は無く、デバイスに電源を抜き差しするだけでスリープモードから起動まで出来るほか、言語の変更もNFC規格のカードをかざすだけで対応できるのです。

「CG制作や歴史の再現に注力していましたが、実はサービス提供者側としてはこの「箱」の管理や使い心地の方が大事だったようですね。それにヘッドマウントディスプレイだとどうしても重くなってしまいますから、ツアーで歩いて移動となるとツアー参加者にかなりの負荷がかかります。その点これは首に引っかけて歩いても、中身はスマホだけですから軽い。こういう点も、気に入ってもらえて、ツアーが組まれるようになった理由のひとつだと思います」(綱木さん)

↑「仙台城VRゴー」でスコープ型デバイスを覗く参加者たち

「観光立国」のカギになるポテンシャル

視覚をメインとした歴史再現系のデジタルコンテンツに対して、よりエンターテイメントの要素を盛り込んだコンテンツが「歴史体験型バンジーVR」です。2022年12月17日~18日に開催される国内最大級のお城ファンの祭典「お城EXPO 2022」に、キャドセンターは「仙台城VRゴー」と初披露となる「お城バンジー」のデモ版を出展予定。

東京タワーやあべのハルカスの展望台などで開催されてきた、本物さながらのアトラクション「どこでもバンジーVR」を手がけているのもキャドセンターです(株式会社ロジリシティと共同開発)。「お城バンジー」は簡単に言えばそのお城版となります。

↑「ハルカスバンジーVR」では、あべのハルカスの最頂部からのバンジージャンプ体験ができるスリル満点の「絶景絶叫コース」、中層階からのバンジージャンプ体験ができる「眺望満喫コース」の2つのプログラムを用意した

歴史への興味を抱かせるフックとしてエンタメ性を盛り込んだ「お城バンジー」は、当時の光景を見渡しながら空中のバンジー台から天守閣に向けてジャンプするというものになる予定。過去でも現在でも実現不可能な、“ありえざる歴史体験”。「歴史×エンタメ」の新たな可能性を提案しています。

「『お城EXPO 2022』には、お城や城跡をお持ちの自治体さんも多く来場されると思います。うちのところでもぜひという話があれば嬉しいですね。『お城バンジー』はエンタメに振ったインパクトの大きいコンテンツとして捉えています。展示館を持っていて、シアターでお城をCG復元しているところは多いと思うんですよ。ただ、観光の観点から、もっとインパクトのあるものも作れますよということをアピールできれば、と思っています」(綱木さん)

時代の流れとともに埋もれてしまった歴史的資産をどのように蘇らせるか。そのためにキャドセンターは、リアリティのあるモデリング技術とデバイスのユーザビリティまでも追及しています。

このようにして最新の技術で現在と過去を結びつける、新しいエンターテイメント「歴史DX」は、観光分野で今、大きな可能性を秘めています。

まとめ/卯月鮎 撮影/中田悟(人物)

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