Articles コラム お客様インタビュー 街並み再現の避難シミュレーションで災害を「自分ごと化」。玉名市と取り組んだ「防災VR」の、成功までの道程

国土交通省が主導する「PLATEAU(プラトー)」に熊本県玉名市が参画し、3D都市モデルを整備したのは2020年のこと。その背景には、熊本地震や大規模水害に見舞われた経験から生まれた、災害への危機意識の高さがあります。VRゴーグルを装着することで、水害時の避難行動をシミュレーションできる「玉名市3D避難シミュレーションVR」も、「いつ、何時発生するかわからない災害を、 “自分のこと” としてとらえ、行動変容につなげてほしい」という、行政の強い思いから2022年にユースケースとして施策をスタート。自治体による3D都市モデルを活用した避難シミュレーションVR制作の取り組みは全国初でした。

この「玉名市3D避難シミュレーションVR」の制作を担当したのが、キャドセンターです。3D都市データ制作を得意とするキャドセンターとタッグを組んだ経緯や、現在運用している同VRの特徴、今後の展望などについて、玉名市 建設部 都市整備課 都市整備係の技術主任 安田信洋さんに開発当時のことを振り返りながら語ってもらいました。

「3D都市モデルの活用」を目指す玉名市と、高い3Dモデリング技術を持つキャドセンター

3D都市モデルの整備・活用について「新しい取り組みでしたが、2Dと比べて直感的に分かりやすい情報の提供が可能になる、
という点に魅力を感じました」と、当時を振り返る安田さん

2016年熊本地震や市内を流れる菊池川の洪水による浸水被害など、過去に幾度も災害被害を経験してきた玉名市。「防災」への取り組みを行うなかで、市民により直感的に「防災」を理解してもらうため、玉名市が目をつけたのが、国土交通省が主導する「PLATEAU」で整備・活用・オープン化した「3D都市モデルの活用」でした。「市民に“自分のこと”として災害時の避難行動を疑似体験してもらいたい」という玉名市と、3D都市データ制作技術を持つキャドセンター。互いの需要と供給がマッチして、2022年度に「玉名市3D避難シミュレーションVR制作事業」はスタートしました。

「2021年に交通や医療・福祉施設など、都市全体の構造を見直す 『立地適正化計画』と呼ばれるマスタープランで、居住誘導区域を検討していた時期に、震災や集中豪雨による大規模な水害が全国各地で発生しました。これを受け、国土交通省から、災害リスクを加味した区域設定をするようアドバイスがあり、『PLATEAU』への参画を国が募集していたタイミングでもあったので、3D都市モデルを用いて防災シミュレーションを実施したいと考え、参画を決めました」(安田さん、以下同)

従来の防災情報は、その多くが紙媒体や2次元の世界に限定されており平面的でした。そのために、一般の人にとっては視覚的に馴染みにくく、理解を得ることが難しいという課題があったと言います。

「そこで、情報を3D化し、より直感的に伝える方法を模索することにしました。特に、高さ情報を付加することで街並みを具体的に想像することが可能になるので、市民の方々の理解が得やすくなると考えました」

そんな中、キャドセンターとの出会いは、2022年に開催されたスマートシティ連携プラットフォーム3D都市モデル分科会でした。同分科会は、地方自治体が持つ3D都市モデルを活用して解決したい課題に対し、民間企業が保有する技術や実績を提示してマッチングをするという場。そこで、キャドセンターから玉名市へ声をかけたことが、タッグを組むきっかけになったそうです。

「キャドセンターさんから声をかけていただいて、まず『どんな会社なんだろう?』と、打合せまでにホームページで過去の実績や技術について確認をしました。それで、映像力、ビジュアライズ力が高いな、すごいな、と感動しました。キャドセンターさんと組んだらどんな提案をいただけるのか、どのように協力してもらえるのか、想像してワクワクしたのを覚えています」

「自分ゴト化」の鍵となった、リアルな街並みと災害シーンの表現力

「緻密な現地調査をしていただいたおかげで、地元住民でも見落としがちなゾーンの危険性も再認識することができた」と、
キャドセンターの調査力、表現力を絶賛した

「玉名市3D避難シミュレーションVR」は、その名の通り玉名市一帯を流れる菊池川が決壊した際の避難ルートを市民がシミュレーション体験できるというもの。キャドセンターが長年構築してきた3Dモデリング技術が、3D都市モデルを活用した防災シミュレーションにおいて土台となっていますが、「防災VR」における最大の価値が、この「リアリティ」にあると安田さんは説明します。

「実際の街並みを忠実に再現した3D都市空間で、災害時の避難シミュレーションを体験できることの価値は高いです。災害が起こると、『想定外』という言葉がよく使われますが、街が浸水したリアルな状況を『防災VR』で体験してもらえれば、市民の方々も事前に準備しやすくなると思うのです。行政としては、災害への備えがいかに大切であるかを知ってもらいたい、という狙いもあります。『防災VR』を体験したことによって、防災への意識が高まり、ハザードマップを改めて確認するきっかけにもなれば嬉しいですね」

「玉名市3D避難シミュレーションVR」で体験できる水害シーン。浸水する様子からクルマが横転する様子まで、
リアリティのあるキャドセンターのビジュアル表現力によって臨場感ある体験ができる

実際の街並み、そして災害時のシーンの再現においては、キャドセンターの対応力、提案力に助けられたと言います。

「当初は、街の中を体験者が自由に動ける仕様を提案してもらいました。ただ、費用の問題や、自由度が高すぎて逆に体験者が何をしたらいいのかわからなくなってしまう、という問題があって。打合せを重ねた結果、キャドセンターさんからの再提案もあって、指定ポイントで行き先を選択するという、現在の形に落ち着きました」

こうして「防災VR」の骨子ができあがった後も、キャドセンターは幾度も現地を訪れ、緻密な現地調査を行いました。

「制作期間が限られているなかでは、当然、妥協しなければならない部分もありました。ですが、キャドセンターさんは常にベストを尽くし、よりリアルで、説得力のある映像を作ろうと努力してくれました。そのなかで、感激したのは現地調査の緻密さです。現地を歩いて高低差などを確認し、3D都市モデルに一つひとつ落とし込んでいく。その折に、農業用の用水路にも増水の可能性があることなどにも気付いていただき、それを映像に反映してくれるなど、仕事がとても細やかで、丁寧でした。それが『玉名市3D避難シミュレーションVR』の精度の高さ、つまりはリアリティにつながったのではないかと思います」

熊本県玉名市の現地調査で撮影した街並み
「玉名市3D避難シミュレーションVR」で細部にわたり丁寧に再現された街並み

「何より、私も技術に関しては専門外でしたので、わからないことも多々ありました。そういうときも、すぐにイラストを作って説明しながら提案してくれましたし、こちらの提案に対しても『この部分をもっとこうしてみては?』という具合に、本当にさまざまな提案をいただきました。技術力はもちろんですが、初めての取り組みでも安心して進めてこられたのは、キャドセンターさんの柔軟で丁寧なサポートのおかげです」

「避難訓練の重要性を再認識した」。全国初の取り組みで得た反響

想定を上回る反響に、安田さんは「リアリティのある3D空間で体験することの価値」を改めて実感したという

前述の通り、3D都市データを使用し、実際の街並みを3D都市データ制作技術で再現した「防災VR」制作への取り組みは全国初でした。運用後の反響について聞いてみると、安田さんは「想像以上の反響がありました!」と興奮気味に語ってくれました。

「おかげさまで、テレビやラジオ、新聞など、さまざまなメディアで取り上げていただき、大きな反響がありました。それはひとえに、コンテンツのクオリティが高かったからでしょう。市民が参加する『玉名市3D避難シミュレーションVR 体験会』のほか、キャドセンターさんも「防災×テクノロジー 官民連携プラットフォーム 第7回マッチングセミナー」での事例紹介やブース展示などに同VRを展示してくださいました。その際にも、体験した市民の方々からは、『事前に避難することを考えるよい機会になった』『避難訓練の必要性を再認識できた』といった声をいただきました。まさに狙い通りの反響でしたので、嬉しかったです」

熊本県玉名市で実施された体験会の様子。全参加者の 83%が 70 歳以上、残りは 60 代というなか、好評の声を多くもらった
高知県で行われた「防災×テクノロジー 官民連携プラットフォーム 第7回マッチングセミナー」での展示ブースの様子

「しかも、リアリティのある映像だけではなく、ボタン操作ひとつで体験できるわかりやすさで、高齢者でも機器への使用に抵抗感なく、災害の怖さを “自分のこと” として考え、感じてもらうきっかけを作ることができました」

VRゴーグルをつけて操作性について説明してくれた安田さん。ゴーグルを装着して、
リモコンを振りながらボタンひとつで操作できる操作性のシンプルさも、初めて使う方にも好評だった

防災以外の分野への活用。玉名市が見据える未来と、キャドセンターにできること

「市民の方が楽しんで気軽に参加できるコンテンツも作っていけたら」、と防災分野にとどまらない今後の展望についても語ってくれた

大反響があった一方では、今回の運用によって見えてきた課題もあるのだそうです。

「ありがたいことに、実際の街並みの再現と臨場感のあるリアルな災害シミュレーションが好評で『玉名市3D避難シミュレーションVR』の貸出希望が想定を上回っています。そのため、VRゴーグルが不足しているのが現状です。せっかく体験希望をされても、市民の皆さんに届かなければ意味がありませんので、今後は体験者をさらに増やすべく、Web閲覧できるコンテンツも準備していく予定です」

Webコンテンツ制作の本格始動は2024年度からを予定しており、既にキャドセンターからはさまざまな提案が出されているのだとか。納品して終わりではなく、こうした公開後のアフターサポートも手厚いキャドセンターのサービスに、安田さんは心強さを感じているそうです。

「そのほか、避難所の収容人数をリアルタイムで把握できていない、という課題もあります。避難シミュレーションをして備えても、実際の避難所に入れなければ意味がありませんから、この点も改善していきたいですね。また、今後は、防災以外の分野でも3D都市データの活用を考えているので、その際にもキャドセンターさんにお力添えをいただけたらと思っています」

3D都市モデルを整備したとき、それをどのように活用・運用していくのか。有効活用のために重要なことのひとつに、3D都市モデルの定期的な更新があります。「3D都市モデルを定期的に更新するためには費用を捻出する必要があります。そのためには有効性をアピールする必要がありますので、まずはさまざまな分野で活用していくことが要になります」と語る安田さん。キャドセンターとタッグを組んだことで、たとえばメタバース空間で花火大会を開催し、露店を並べてふるさと納税として購入できる仕組み作りなど、新しいアイディアが次々と湧いてきているそう。

「玉名市3D避難シミュレーションVR」の運用に手応えを感じた玉名市では、今後、熊本県と連携して「くまもとDX実証事業」の一環でデジタルツインプラットフォームを活用した3Dビューイングにより、防災情報を発信していく取り組みも予定されているそうです。ただ行政の仕事として3D都市モデルを整備していくだけではなく、市民にも活用して、役立ててもらいたい。その思いを実現するとき、再びキャドセンターの技術力とサポート力が組み合わさり、これまでにない新たなコンテンツが登場するのかもしれません。

キャドセンターでは今回の「玉名市3D避難シミュレーションVR」をはじめ、さまざまな防災コンテンツ制作を行っています。そのほかの事例については、公式サイトの「Works」よりぜひ参照してみてください。